書き出し
遍歴ある時はヘーゲルが如萬有をわが體系に統べんともせしある時はアミエルが如つゝましく息をひそめて生きんと思ひしある時は若きジイドと諸共に生命に充ちて野をさまよひぬある時はヘルデルリンと翼竝べギリシャの空を天翔りけりある時はフィリップのごと小さき町に小さき人々を愛せむと思ふある時はラムボーと共にアラビヤの熱き砂漠に果てなむ心ある時はゴッホならねど人の耳を喰ひてちぎりて狂はんとせしある時は淵明が如疑はずかの天命を信ぜんとせ...
底本
「中島敦全集第二卷」筑摩書房, 1976(昭和51)年5月25日