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30分以内で読める永井荷風の短編作品

青空文庫で公開されている永井荷風の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編46作品を、おすすめ人気順に表示しています。

(4,001〜12,000文字の作品を対象としています。読了時間は「400字/分」の読書スピードで計算した場合の目安です)
1〜46件 / 全46件
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荷風歳卅九◯九月十六日、秋雨連日さながら梅雨の如し。
戦争後に流行しだしたものの中には、わたくしのかつて予想していなかったものが少くはない。
十六、七のころ、わたくしは病のために一時学業を廃したことがあった。
小庭を走る落葉の響、障子をゆする風の音。
一月一日の夜、東洋銀行米国支店の頭取某氏の社宅では、例年の通り、初春を祝ふ雑煮餅の宴会が開かれた。
我邦現代における西洋文明模倣の状況を窺(うかが)ひ見るに、都市の改築を始めとして家屋什器庭園衣服に到るまで時代の趣味一般の趨勢に徴して、転た余をして日本文華の末路を悲しましむるものあり。
曇つて風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりも猶更身にしみ、火燵にあたつてゐながらも、下腹がしく/\痛むといふやうな日が、一日も二日もつゞくと、きまつてその日の夕方近くから、待設けてゐた小雪が、目にもつかず音もせずに降つてくる。
大方帳場の柱に掛けてある古時計であらう。
○日本人そもそも洋服の着始めは旧幕府仏蘭西式歩兵の制服にやあらん。
深川古石場町の警防団員であつた荒物屋の佐藤は三月九日夜半の空襲に、やつとのこと火の中を葛西橋近くまで逃げ延び、頭巾の間から真赤になつた眼をしばだゝきながらも、放水路堤防の草の色と水の流を見て、初て生命拾ひをしたことを確めた。
この一、二年何のかのと銀座界隈を通る事が多くなった。
昭和二年の冬、酉の市へ行つた時、山谷堀は既に埋められ、日本堤は丁度取崩しの工事中であつた。
竜子は六歳の時父を失ったのでその写真を見てもはっきりと父の顔を思出すことができない。
震災の後上野の公園も日に日に旧観を改めつつある。
小説はいかにして作るものなるやどういふ風にして書ものなりやと問はるる人しばしばあり。
持てあます西瓜ひとつやひとり者これはわたくしの駄句である。
国府台から中山を過ぎて船橋の方へと松林に蔽はれた一脈の丘陵が延長してゐる。
中洲の河岸にわたくしの旧友が病院を開いていたことは、既にその頃の『中央公論』に連載した雑筆中にこれを記述した。
船橋と野田との間を往復してゐる総武鉄道の支線電車は、米や薩摩芋の買出しをする人より外にはあまり乗るものがないので、誰言ふとなく買出電車と呼ばれてゐる。
毎年一度の虫干の日ほど、なつかしいものはない。
余は都会の夜を愛し候。
○菅野に移り住んでわたくしは早くも二度目の春に逢おうとしている。
枇杷(びわ)の実は熟して百合の花は既に散り、昼も蚊の鳴く植込の蔭には、七度も色を変えるという盛りの長い紫陽花の花さえ早や萎れてしまった。
ガスコンの海湾を越え葡萄牙の海岸に沿うて東南へと、やがて西班牙の岸について南にマロツクの陸地と真白なタンヂヱーの人家を望み、北には三角形なすジブラルタルの岩山を見ながら地中海に進み入る時、自分はどうかして自分の乗つて居る此の船が、何かの災難で、破れるか沈むかしてくれゝばよいと祈つた。
Homme libre, toujours tu ch※riras la mer.Baudelaire.自由の人よ。
われわれはいかにするともおのれの生れ落ちた浮世の片隅を忘れる事は出来まい。
近年新聞紙の報道するところについて見るに、東亜の風雲はますます急となり、日支同文の邦家も善鄰の誼(よ)しみを訂めている遑(いとま)がなくなったようである。
向島は久しい以前から既に雅遊の地ではない。
庭の山茶花も散りかけた頃である。
昭和二年の冬、酉(とり)の市へ行った時、山谷堀は既に埋められ、日本堤は丁度取崩しの工事中であった。
偶然のよろこびは期待した喜びにまさることは、わたくしばかりではなく誰も皆そうであろう。
森先生の渋江抽斎の伝を読んで、抽斎の一子優善なるものがその友と相謀って父の蔵書を持ち出し、酒色の資となす記事に及んだ時、わたしは自らわが過去を顧みて慚悔の念に堪えなかった。
新太郎はもみぢといふ銀座裏の小料理屋に雇はれて料理方の見習をしてゐる中、徴兵にとられ二年たつて歸つて來た。
國府臺から中山を過ぎて船橋の方へと松林に蔽はれた一脈の丘陵が延長してゐる。
隅田川の両岸は、千住から永代の橋畔に至るまで、今はいずこも散策の興を催すには適しなくなった。
○東葛飾の草深いあたりに仮住いしてから、風のたよりに時折東京の事を耳にすることもあるようになった。
季子は省線市川驛の待合所に入つて腰掛に腰をかけた。
去年の秋、谷崎君がわたくしの小説について長文の批評を雑誌『改造』に載せられた時、わたくしはこれに答える文をかきかけたのであるが、勢自作の苦心談をれいれいしく書立てるようになるので、何となく気恥かしい心持がして止してしまった。
○曇って風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりもなお更身にしみ、火燵にあたっていながらも、下腹がしくしく痛むというような日が、一日も二日もつづくと、きまってその日の夕方近くから、待設けていた小雪が、目にもつかず音もせずに降ってくる。
仏蘭西現代の詩壇に最も幽暗典雅の風格を示す彼の「夢と影との詩人」アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』La Cit※ des Eaux と題する一巻の詩集を著した。
雷門といっても門はない。
何事にも倦果てたりしわが身の、なほ折節にいささかの興を催すことあるは、町中の寺を過る折からふと思出でて、その庭に入り、古墳の苔を掃つて、見ざりし世の人を憶ふ時なり。
仏蘭西人ヱミル・マンユの著書都市美論の興味ある事は既にわが随筆「大窪だより」の中に述べて置いた。
病來十年わたしは一歩も東京から外へ出たことがなかつた。
市外荏原郡世田ヶ谷町に満行寺という小さな寺がある。
四谷見付から築地両国行の電車に乗った。
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