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和辻哲郎の全作品

青空文庫で公開されている和辻哲郎の全作品54篇を、おすすめ人気順で表示しています。

1〜50件 / 全54件
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改版この書は大正七年の五月、二三の友人とともに奈良付近の古寺を見物したときの印象記である。
自分には孔子について書くだけの研究も素養も準備もない。
問題にしない時にはわかり切ったことと思われているものが、さて問題にしてみると実にわからなくなる。
私がここに観察しようとするのは、「偶像破壊」の運動が破壊の目的物とした、「固定観念」の尊崇についてではない。
この問題を考えるには、まず応仁の乱(一四六七―一四七七)あたりから始めるべきだと思うが、この乱の時のヨーロッパを考えると、レオナルド・ダ・ヴィンチは二十歳前後の青年であったし、エラスムス、マキアヴェリ、ミケランジェロなどはようやくこの乱の間に生まれたのであるし、ルターはまだ生まれていなかった。
私が漱石と直接に接触したのは、漱石晩年の満三個年の間だけである。
夏目先生の大きい死にあってから今日は八日目である。
夢の話をするのはあまり気のきいたことではない。
改訂版今度版を新たにするに当たり、全体にわたって語句の修正を施し、二、三の個所にはやや詳しく修補を加えた。
わたくしは東京大学の名誉教授ではない。
秋の雨がしとしとと松林の上に降り注いでいます。
フロベニウスの『アフリカ文化史』は、非常に優れた書であるとともにまた実におもしろい書である。
(大正十二年九月)大正十二年ごろ関東地方に大地震がある、ということをある権威ある地震学者が予言したと仮定する。
我々は創作者として活らく時、その創作の心理を観察するだけの余裕を持たない。
自分にとっては、強く内から湧いて来る自己否定の要求は、自己肯定の傾向が隈(くま)なく自分を支配していた後に現われて来た。
(昭和十一年)寺田さんは有名な物理学者であるが、その研究の特徴は、日常身辺にありふれた事柄、具体的現実として我々の周囲に手近に見られるような事実の中に、本当に研究すべき問題を見出した点にあるという。
ある男が祖父の葬式に行ったときの話です。
このごろは大和の国も電車やバスの交通が大変便利になって来たので、昔に比べると、古寺めぐりはよほど楽になったようである。
芸術の検閲(大正十一年十一月)ロダンの「接吻」が公開を禁止されたとき、大分いろいろな議論が起こった。
夕方から空が晴れ上つて、夜は月が明るかつた。
大地震以後東京に高層建築の殖えて行った速度は、かなり早かったと言ってよい。
松の樹に囲まれた家の中に住んでいても松の樹の根が地中でどうなっているかはあまり考えてみた事がなかった。
京都に足かけ十年住んだのち、また東京へ引っ越して来たのは、六月の末、樹の葉が盛んに茂っている時であったが、その東京の樹の葉の緑が実にきたなく感じられて、やり切れない気持ちがした。
わたくしが初めて西田幾多郎という名を聞いたのは、明治四十二年の九月ごろのことであった。
関東大震災の前数年の間、先輩たちにまじって露伴先生から俳諧の指導をうけたことがある。
五、六年前のことと記憶する。
我々の生活や作物が「不自然」であってはならないことは、今さらここに繰り返すまでもない。
去年の八月の末、谷川君に引っ張り出されて北軽井沢を訪れた。
人生が苦患の谷であることを私もまたしみじみと感じる。
ある雨の降る日、私は友人を郊外の家に訪ねて昼前から夜まで話し込んだ。
私は近ごろ、「やっとわかった」という心持ちにしばしば襲われる。
藤村は非常に個性の強い人で、自分の好みによる独自の世界というふうなものを、おのずから自分の周囲に作り上げていた。
東京の郊外で夏を送っていると、時々松風の音をなつかしく思い起こすことがある。
今度岡倉一雄氏の編輯で『岡倉天心全集』が出始めた。
『青丘雑記』は安倍能成氏が最近六年間に書いた随筆の集である。
キェルケゴオルのドイツ訳全集は一九〇九年から一九一四年へかけて出版せられた。
野上豊一郎君の『能面』がいよいよ出版されることになった。
わたくしは歌のことはよくわからず、広く読んでいるわけでもないが、岡麓先生のお作にはかねがね敬服している。
松茸の出るころになるといつも思い出すことであるが、茸という物が自分に対して持っている価値は子供時代の生活と離し難いように思われる。
埴輪というのは、元来はその言葉の示している通り、埴土で作った素焼き円筒のことである。
麦積山の調査が行なわれたのは四年ほど前で、その報告も、すぐその翌年に出たのだそうであるが、わたくしはついに気づかずにいた。
自分は現代の画家中に岸田君ほど明らかな「成長」を示している人を知らない。
日本文化協会の催しで文楽座の人形使いの名人吉田文五郎、桐竹紋十郎諸氏を招いて人形芝居についての講演、実演などがあった。
講和近づけりという噂がある。
歌舞伎芝居や日本音曲は、徳川時代に完成せられたものからほとんど一歩も出られない。
青春を通り越したというのでしきりに残り惜しく感じている人があるようですが、私はまだその残り惜しさをしみじみ感ずるほどな余裕をもっていません。
蓮(はす)の花は日本人に最も親しい花の一つで、その大きい花びらの美しい彎曲線や、ほのぼのとした清らかな色や、その葉のすがすがしい匂いや肌ざわりなどを、きわめて身近に感じなかった人は、われわれの間にはまずなかろうと思う。
偶像破壊が生活の進展に欠くべからざるものであることは今さら繰り返すまでもない。
遠望であるから細かいところは見えないものと承知していただきたい。
ロシアの都へ行く旅人は、国境を通る時に旅行券と行李とを厳密に調べられる。
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