山川方夫の全作品

海岸の小さな町の駅に下りて、彼は、しばらくはものめずらしげにあたりを眺めていた。

曙（あけぼの）の色がほのかに東の空を染めて、間もなくその日の最初の太陽の光が、はるかな海面を錫箔（すずはく）のように輝かせた。

遠く近く形をかえてつづいて行く両側の丘や森に、残照はもはや跡もなかった。

私は汗を拭いた。

二人が知りあったのは、青年の夏休みのアルバイトからだった。

深い谿をへだてた小さな山の斜面に、ぽつぽつ新緑が目立ちはじめ、その山肌に明暗の模様をつくりながら、いくつかの雲の落す影が動いている。

「あの、失礼ですが」なめらかな都会ふうの男の声がいった。

日ざかりは光が眩しかったが、いつのまにかなまあたたかい初夏の宵にかわっていた。

明るい昼すぎの喫茶店で、彼は友人と待ち合わせた。

朝からの雨が窓を濡らしている。

寒い日だった。

野球場の暗い階段を上りきると、別世界のような明るい大きなグラウンドが、目の前にひらけた。

ホテルは海に面していた。

私はいつも自分にだけ関心をもって生きてきたのだ。