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1時間〜で読める山本周五郎の長編作品

青空文庫で公開されている山本周五郎の作品の中で、おおよその読了目安時間が「1時間〜」の長編39作品を、おすすめ人気順に表示しています。

(24,001文字〜の作品を対象としています。読了時間は「400字/分」の読書スピードで計算した場合の目安です)
1〜39件 / 全39件
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はじめに浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。
序の章万治三年七月十八日。
一の小雨が靄(もや)のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。
街へゆく電車その「街」へゆくのに一本の市電があった。
もういちど悲鳴のような声をあげて、それから女の喚きだすのが聞えた。
序章天保五年正月二日に、本所の亀戸天神に近い白河端というところで、中村仏庵という奇人が病死した。
志保は庭へおりて菊を剪(き)っていた。
梅雨にはいる少しまえ、保本登は自分から医員用の上衣を着るようになった。
国許の人間は頑固でねじけている。
その藩に伝わっている「杏花亭筆記」という書物には、土井悠二郎についてあらまし次のように記している。
朝田隼人が江戸から帰るとすぐに、小池帯刀が訪ねて来た。
節子が戸田英之助と内祝言の盃(さかずき)をとり交したのは、四月中旬の雨の降る日であった。
吉良の話しがあまりに突然であり、あまりに思いがけなかったので、紀平高雄にはそれがすぐには実感としてうけとれなかった。
一の功刀伊兵衛がはいって行ったとき、そこではもう講演が始っていた。
「またよけえなことをする、よしと呉れよ、そんなところでどうするのさ、そんなとこ男がいじるもんじゃないよ、だめだったら聞えないのかね、あたしがせっかく片づけたのにめちゃくちゃになっちまうじゃないか、よしと呉れよ、よけえなことしないで呉れってんだよ」その長屋の朝は、こういう叫び声で始まる。
柿崎道場新八の顔は血のけを失って蒼白く、汗止めをした額からこめかみへかけて膏汗がながれていた。
はじめに浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。
双子六兵衛は臆病者といわれていた。
彼に対する一族の評祖父の(故)小出鈍翁は云った。
川の音七月中旬の午後、――ひどく暑い日で、風もなく、白く乾いた奥州街道を、西にかたむいた陽が、じりじりと照らしていた。
――仲井天青が死んだのを知ってるかい。
しっかりしろ三十六、貴様は挫けるのか、世間の奴等に万歳を叫ばし度いのか、元気を出せ、貴様は選ばれた男だぞ、そして確りとその両の足で立上って困苦や窮乏を迎えろ、貴様にはその力があるんだぞ、忘れるな、自分を尚べ大事にしろ。
茂次は川越へ出仕事にいっていたので、その火事のことを知ったのは翌日の夕方であった。
十二月にはいってまもない或る日の午後八時過ぎ、――新出去定は保本登と話しながら、伝通院のゆるい坂道を、養生所のほうへと歩いていた。
意地の座甲斐が「席次争い」の騒ぎを知ったのは、矢崎舎人の裁きがあって、十日ほど経ったのちのことであった。
風雪の中嘉永五年五月はじめの或る日、駿河のくに富士郡大宮村にある浅間神社の社前から、二人の旅装の青年が富士の登山口へと向っていった。
「すまない、そんなつもりじゃあなかったんだ、酔ってさえいなければよかったんだが、どうにもしようがない、本当にすまないと思ってるんだ」半三郎はこう云って頭を垂れた。
俗に「伊豆さま裏」と呼ばれるその一帯の土地は、松平伊豆守の広い中屋敷と、寛永寺の塔頭に挾(はさ)まれて、ほぼ南北に長く延びていた。
一の城からさがった孝之助が、父の病間へ挨拶にいって、着替えをしに居間へはいると、家扶の伊部文吾が来て、北畠から使いがあったと低い声で云った。
第一席天一坊は大逆犯人のこと並びに諸説巷間を賑わすこと徳川八代将軍吉宗の時代に、天一坊事件という騒動があった。
折岩半之助が江戸から着任した。
「ただいやだなんて、そんな子供のようなことを云ってどうなさるの、あなた来年はもう二十一になるのでしょう」「幾つでもようございますわ、いやなものはいやなんですもの」こう云って文代はすました顔で菓子を摘んだ。
江戸の上邸へ着任した秋成又四郎は、その当座かなり迷惑なおもいをさせられた。
一の「また酔っちまったのかい、しようのないこだねえ、お客さんはどうしたの」「いま菊ちゃんが出てるわ、こうなっちゃだめよかあさん、このひとにはお侍はいけないって、あたしそ云ってあるじゃないの」「お侍ばかりじゃないじゃないか、お客ってお客を振るんじゃないか、それあ今のうちはいいさ、稼ぐことは稼いで呉れるんだから、こっちはまあいいけどさ、こんなこっちゃおまえ、いまにお客が黙っちゃいないよ、さんざっぱらおまわりだのちんちんだの好きなようにひきまわしておいてさ、いざとな...
菊千代は巻野越後守貞良の第一子として生れた。
一の典木泰助が来たときは誰もさほど気にしなかった。
みぞれの街道場からあがり、汗みずくの稽古着をぬいでいると、秋田平八が来て「おめでとう」と云った。
前篇青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。
変事九月中旬のある晴れた日の午後。
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