書き出し
「病人たちの不平は知っている」新出去定は歩きながら云った、「病室が板敷で、茣蓙(ござ)の上に夜具をのべて寝ること、仕着が同じで、帯をしめず、付紐を結ぶことなど、――これは病室だけではなく医員の部屋も同じことだが、病人たちは牢舎に入れられたようだと云っているそうだ、病人ばかりではなく、医員の多くもそんなふうに思っているらしいが、保本はどうだ、おまえどう思う」「べつになんとも思いません」そう云ってから、登はいそいで付け加えた、「却って清潔でいいと思います」「追従を...
初出
1958年
(「オール読物」1958(昭和33)年9月)
底本
「山本周五郎全集第十一巻 赤ひげ診療譚・五瓣の椿」新潮社, 1981(昭和56)年10月25日