書き出し
浮雲はしがき薔薇(ばら)の花は頭に咲て活人は絵となる世の中独り文章而已(のみ)は黴(かび)の生えた陳奮翰の四角張りたるに頬返しを附けかね又は舌足らずの物言を学びて口に涎(よだれ)を流すは拙しこれはどうでも言文一途の事だと思立ては矢も楯(たて)もなく文明の風改良の熱一度に寄せ来るどさくさ紛れお先真闇三宝荒神さまと春のや先生を頼み奉り欠硯に朧(おぼろ)の月の雫(しずく)を受けて墨摺流す空のきおい夕立の雨の一しきりさらさらさっと書流せばアラ無情始末にゆかぬ浮雲めが艶しき月...
底本
「浮雲」新潮文庫、新潮社, 1951(昭和26)年12月15日