書き出し
庭の芭蕉(ばせを)のいと高やかに延びて、葉は垣根の上やがて五尺もこえつべし、今歳はいかなれば斯(か)くいつまでも丈のひくきなど言ひてしを夏の末つかた極めて暑かりしに唯一日ふつか、三日とも数へずして驚くばかりに成ぬ、秋かぜ少しそよ/\とすれば端のかたより果敢なげに破れて風情次第に淋(さび)しくなるほど雨の夜の音なひこれこそは哀れなれ、こまかき雨ははら/\と音して草村がくれ鳴こほろぎのふしをも乱さず、風一しきり颯(さつ)と降くるは彼の葉にばかり懸るかといたまし。
底本
「日本の名随筆43 雨」作品社, 1986(昭和61)年5月25日