書き出し
(上)隔ては中垣の建仁寺にゆづりて汲(くみ)かはす庭井の水の交はりの底きよく深く軒端に咲く梅一木に両家の春を見せて薫りも分ち合ふ中村園田と呼ぶ宿あり園田の主人は一昨年なくなりて相続は良之助廿二の若者何某学校の通学生とかや中村のかたには娘只一人男子もありたれど早世しての一粒ものとて寵愛はいとゞ手のうちの玉かざしの花に吹かぬ風まづいとひて願ふはあし田鶴の齢ながゝれとにや千代となづけし親心にぞ見ゆらんものよ栴檀(せんだん)の二葉三ツ四ツより行末さぞと世の人のほめものにせし姿...
初出
1892年
(「武蔵野 第一編」1892(明治25)年3月23日)
底本
「新日本古典文学大系 明治編 24 樋口一葉集」岩波書店, 2001(平成13)年10月15日