ブンゴウサーチ
児童書版
TOP 短編(5分以内)

5分以内で読める青空文庫の短編作品(3ページ目)

青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「5分以内」の短編4,606作品を、おすすめ人気順に表示しています。

(〜2,000文字の作品を対象としています。読了時間は「400字/分」の読書スピードで計算した場合の目安です)
101〜150件 / 全4,606件
Tweet
作品名
著者
読了時間
人気
「レ・ミゼラブル」の翻訳を私が仕上げたのは、ずいぶん以前のことである。
妖怪研究は余が数年来従事せるところなるが、近ごろ応用心理学を講述するに当たり、あわせて妖怪の解釈を下し、ときどき実験をも施しけるに、事実の参考を要するものあれば、館外員諸君よりも事実の御報道にあずかりたく、左に妖怪の性質と種類とを掲記いたし候。
私はもう歌なぞ歌はない誰が歌なぞ歌ふものかみんな歌なぞ聴いてはゐない聴いてるやうなふりだけはするみんなたゞ冷たい心を持つてゐて歌なぞどうだつてかまはないのだそれなのに聴いてるやうなふりはするそして盛んに拍手を送る拍手を送るからもう一つ歌はうとするともう沢山といつた顔私はもう歌なぞ歌はないこんな御都合な世の中に歌なぞ歌はない(一九三五・九・一九)。
新年の東京を見わたして、著るしく寂しいように感じられるのは、回礼者の減少である。
第一双の眼の所有者(むしゃくしゃした若い古物商。
わたしは年少のW君と、旧友のMに案内されながら、久しぶりに先生の書斎へはひつた。
二月二十一日に学位を辞退してから、二カ月近くの今日に至るまで、当局者と余とは何らの交渉もなく打過ぎた。
私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。
「何か、最近の、御感想を聞かせて下さい。
今日は二百二十日だが、九月一日の関東大震災記念日や、二百十日から、この日にかけては、寅彦(とらひこ)先生の名言「天災は忘れた頃来る」という言葉が、いくつかの新聞に必ず引用されることになっている。
旧幕時代には、エタ非人と普通民との通婚は、国法の禁ずるところであった。
われらが書に順ひてその三稜の壇に立ちクラリネットとオボーもて七たび青くひらめける四連音符をつゞけ奏しあたり雨降るけしきにてひたすら吹けるそのときにいつかわれらの前に立ちかなしき川をうち流し渦まく風をあげありしかの逞ましき肩もてる黒き上着はそも誰なりし。
何でも秋の夜更けだつた。
此断腸亭日記は初大正六年九月十六日より翌七年の春ころまで折※鉛筆もて手帳にかき捨て置きしものなりしがやがて二三月のころより改めて日日欠くことなく筆とらむと思定めし時前年の記を第一巻となしこの罫帋本に写直せしなり以後年と共に巻の数もかさなりて今茲昭和八年の春には十七巻となりぬかぞへ見る日記の巻や古火桶五十有五歳荷風老人書。
風が、山の方から吹いて来ました。
自己の心を捕へんと欲する人々に、人間の心を捕へ得たる此作物を奨む。
佐藤春夫は不幸にも常に僕を誤解してゐる。
あなたの懐中にある小さな詩集を見せてくださいかくさないで――。
「晩年」も品切になったようだし「女生徒」も同様、売り切れたようである。
一、今日の地位に至れる径路政略と云うようなものがあるかどうだか知らない。
芸術に主義というものは本来ないと思う。
緑の蛙(かえる)と黄色の蛙(かえる)が、はたけのまんなかでばったりゆきあいました。
きれいなきれいな雪だこと畑も屋根もまつ白だきれいでなくつてどうしませう天からふつてきた雪だもの。
あるおひゃくしょうやのうらにわにあひるや、がちょうや、もるもっとや、うさぎや、いたちなどがすんでおりました。
私の母が蕎麦好きだった故?私も大変蕎麦好きです。
火皿は油煙をふりみだし、炉の向ふにはここの主人が、大黒柱を二きれみじかく切って投げたといふふうにどっしりがたりと膝をそろへて座ってゐる。
本書は、古事記本文の書き下し文に脚註を加えたもの、現代語譯、解説、および索引から成る古事記の本文は、眞福寺本を底本とし、他本をもつて校訂を加えたものを使用した。
村に一人の男があって梨を市に売りに往ったが、すこぶる甘いうえに芳もいいので貴い値で売れた。
さよなら、さよなら!いろいろお世話になりましたいろいろお世話になりましたねえいろいろお世話になりましたさよなら、さよなら!こんなに良いお天気の日にお別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛いこんなに良いお天気の日にさよなら、さよなら!僕、午睡の夢から覚めてみるとみなさん家を空けておいでだつたあの時を妙に思ひ出しますさよなら、さよなら!...
よく昔から梅に鶯、松に鶴と申します。
子どものすきな小さい神さまがありました。
けふはえびのように悲しい角やらひげやらとげやら一杯生やしてゐるがどれが悲しがつてゐるのか判らない。
たのしい春の日であった。
言文一致に就いての意見、と、そんな大した研究はまだしてないから、寧ろ一つ懺悔話をしよう。
映画を好む人には、弱虫が多い。
或木曜日の晩、漱石先生の処へ遊びに行っていたら、何かの拍子に赤木桁平が頻に蛇笏を褒めはじめた。
『惡少年を誇稱す糜爛せる文明の子』諸君試みに次に抄録する一節を讀んで見たまへ。
『あきらめ』ということほど言い易くして行い難いことはない。
いっぽんの木と、いちわの小鳥とはたいへんなかよしでした。
雪の野原の中に、一条のレールがあつて、そのレールのずつと地平線に見えなくなるあたりの空に、大きなお月様がポツカリと出てゐました。
私の作品はたいがいそうであるが、特にこの「冒した者」では「現代」そのものが直接的に主題になり主人になっている作品である。
くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる、そのお人形はさっきから眼がまわって気分がわるくなっているのでした。
謹奏田中正造※[#丸印、U+329E、5-4]草莽ノ微臣田中正造誠恐誠惶頓首頓首謹テ奏ス。
誰でもわたしのやうだらうか?――ジュウル・ルナアル僕は屈辱を受けた時、なぜか急には不快にはならぬ。
一、ペンネンノルデが七つの歳に太陽にたくさんの黒い棘(とげ)ができた。
街はいくさがたりであふれどこへいっても征くはなし勝ったはなし三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれどだけどこうしてぼんやりしているぼくがいくさに征ったなら一体ぼくはなにするだろうてがらたてるかなだれもかれもおとこならみんな征くぼくも征くのだけれど征くのだけれどなんにもできず蝶をとったり子供とあそんだりうっかりしていて戦死するかしらそんなまぬけなぼくなのでどうか人なみにいくさが...
マークのついた作品は著作権が存続しています。 詳細は 青空文庫公式サイトの取り扱い基準 をご確認のうえ、取り扱いの際は十分注意してください。