羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ――などと私は思つたくらゐでした。
羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ――などと私は思つたくらゐでした。
川の向ひ側の山裾の芝原では、恰度山の神様の祭りの野宴がはじまるところでした。
川の向ひ側の山裾の芝原では、恰度山の神様の祭りの野宴がはじまるところでした。
往来で騒いでゐる声が何うも自分を呼んでゐるらしく思はれるので私は、ペンを擱いて、手の平を耳の後...
往来で騒いでゐる声が何うも自分を呼んでゐるらしく思はれるので私は、ペンを擱いて、手の平を耳の後ろに翳した。
父親からの迎へが来次第、アメリカへ渡るといふ覚悟を持たせられてゐて、私は小学校へ入る前後からカ...
父親からの迎へが来次第、アメリカへ渡るといふ覚悟を持たせられてゐて、私は小学校へ入る前後からカトリツク教会のケラアといふ先生に日常会話を習ひはじめてゐた。
いつも私はひとりで、教室の一番うしろの席について、うつらうつらと窓の外を眺めてゐる文科の学生で...
いつも私はひとりで、教室の一番うしろの席について、うつらうつらと窓の外を眺めてゐる文科の学生であつたが、毎時間毎時間そんな風にして居眠りをしたり、屋根を見あげたりしてゐるうちに、恰度私の窓と真向ひにあたる政治部の教室で、やはり私と同じやうにぼんやりとして此方の窓を眺めたり、空を見あげたりしてゐる眼の据つた何処となく鷲を想像させるかのやうな精悍な容貌の学生と顔なじみになつてしまつた。
(第一日)快晴――私は八時に起床して、いでたちをとゝのへ、首途の乾杯を挙げ、靴を光らせ、そして...
(第一日)快晴――私は八時に起床して、いでたちをとゝのへ、首途の乾杯を挙げ、靴を光らせ、そして妻の腕を執り、口笛の、お江戸日本橋――の吹奏に歩調を合せながら、この武者修業のテープを切つた。
彼は、自分の父親を取りいれた短篇小説を続けて二つ書いた。
彼は、自分の父親を取りいれた短篇小説を続けて二つ書いた。
眠つても眠つても眠り足りないやうな果しもなくぼんやりした頭を醒すために私は、屡々いろいろな手段...
眠つても眠つても眠り足りないやうな果しもなくぼんやりした頭を醒すために私は、屡々いろいろな手段を講じる。
私は夏の中頃から、鬼涙村の宇土酒造所に客となつて膜翅類の採集に耽つてゐた。
私は夏の中頃から、鬼涙村の宇土酒造所に客となつて膜翅類の採集に耽つてゐた。
泉岳寺前の居酒屋の隅で私が、こつぷ酒を睨めながら瞑想に耽つてゐると、奥で亭主と守吉の激しい口論...
泉岳寺前の居酒屋の隅で私が、こつぷ酒を睨めながら瞑想に耽つてゐると、奥で亭主と守吉の激しい口論であつた。
三月六日前日中に脱稿してしまはうと思つてゐた筈の小説が、おそらく五分の一もまとまつてはゐなかつた。
三月六日前日中に脱稿してしまはうと思つてゐた筈の小説が、おそらく五分の一もまとまつてはゐなかつた。
海辺の連中は雨が降ると皆な池部の家に集まるのが慣ひだつた。
海辺の連中は雨が降ると皆な池部の家に集まるのが慣ひだつた。
おそく帰る時には兵野は玄関からでなしに、庭をまはつて椽側から入る習慣だつたが、その晩は余程烈し...
おそく帰る時には兵野は玄関からでなしに、庭をまはつて椽側から入る習慣だつたが、その晩は余程烈しく泥酔してゐたと見へて、雨戸を閉めるのを忘れたと見へる。
横須賀にゐる妹(彼の妻の)のところで、当分彼の息子をあづかりたいと云つて寄越したのである。
横須賀にゐる妹(彼の妻の)のところで、当分彼の息子をあづかりたいと云つて寄越したのである。
滝は、あまり創作(小説)のことばかり想つてゐるのが重苦しくなつたのでスケツチ箱をさげて散歩に出...
滝は、あまり創作(小説)のことばかり想つてゐるのが重苦しくなつたのでスケツチ箱をさげて散歩に出かけた。
都を遠く離れた或る片田舎の森蔭で、その頃私は三人の友達と共にジヤガイモや唐もろこしを盗んで、憐...
都を遠く離れた或る片田舎の森蔭で、その頃私は三人の友達と共にジヤガイモや唐もろこしを盗んで、憐れな命をつないで居りました。
そのころ私は、文科の学生でありましたが、小説といふものにいさゝかの興味もなく――といふよりも小...
そのころ私は、文科の学生でありましたが、小説といふものにいさゝかの興味もなく――といふよりも小説の類ひを読んだことがなかつたので――主に西洋の哲学や科学の書に親しみ、興味と云へば星の観測ぐらゐのものでした。
窓下の溝川に蛙を釣に来る子供たちが、「今日は目マルは居ねえのか。
窓下の溝川に蛙を釣に来る子供たちが、「今日は目マルは居ねえのか。
白雲は尽くる時無からん、白雲は尽くる時無からん……白雲は――。
白雲は尽くる時無からん、白雲は尽くる時無からん……白雲は――。
医院を開いてゐた隆造の叔父が発狂して、それも他所目にはさうとも見られる程でもなかつたが職業柄も...
医院を開いてゐた隆造の叔父が発狂して、それも他所目にはさうとも見られる程でもなかつたが職業柄もあつたし、家内の者達への狂暴は募るばかりで「酒癖が悪い」位ゐでは包み終せなくなつて、漸くのこと、三月ばかり前にS癲狂院へ入院させて以来――毎晩のやうに同じやうな叔母の愚痴話の相手になつて、隆造は夜を更さなければならなかつた。
糧食庫に狐や鼬が現れるので、事務所の壁には空弾を込めた大型の短銃が三つばかり何時でも用意してあ...
糧食庫に狐や鼬が現れるので、事務所の壁には空弾を込めた大型の短銃が三つばかり何時でも用意してあつたが、事務員の僕と、タイピストのミツキイは、狐や鼬に備へるためではなく、夫々一挺宛の短銃を腰帯の間に備へるのを忘れたことはなかつた。
務めの帰途、村瀬は銀座へ廻つて、この間うちから目星をつけておいた濃緑地に虹色の模様で唐草風を織...
務めの帰途、村瀬は銀座へ廻つて、この間うちから目星をつけておいた濃緑地に虹色の模様で唐草風を織り出したネクタイを一本購つた。
私は、マールの花模様を唐草風に浮彫りにした銀の横笛を吹きずさみながら、………………おゝこれはこ...
私は、マールの花模様を唐草風に浮彫りにした銀の横笛を吹きずさみながら、………………おゝこれはこれノルマンデイの草原から長蛇船の櫂をそろへて勇ましく波を越えまた波と闘ひ月を呪ふ国に到着したガスコンの後裔………………と歌つた。
こんな沼には名前などは無いのかと思つてゐたところが、このごろになつてこれが鬼涙沼といふのだとい...
こんな沼には名前などは無いのかと思つてゐたところが、このごろになつてこれが鬼涙沼といふのだといふことを知つた。
図書館を出て来たところであつた、たゞひとりの私は――。
図書館を出て来たところであつた、たゞひとりの私は――。
和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。
和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。
僕は、哲学と芸術の分岐点に衝突して自由を欠いた頭を持てあました。
僕は、哲学と芸術の分岐点に衝突して自由を欠いた頭を持てあました。
滝が仕事を口にしはじめて、余等の交際に少なからぬ変化が現れて以来、思へば最早大分の月日が経つてゐる。
滝が仕事を口にしはじめて、余等の交際に少なからぬ変化が現れて以来、思へば最早大分の月日が経つてゐる。
入社の辞〔『少女』〕私はこの七月から入社いたし皆様のために働くことゝなりました。
入社の辞〔『少女』〕私はこの七月から入社いたし皆様のために働くことゝなりました。
彼女等の夫々の父親からの依頼で二人の娘をそちらへおくることになつたから、彼女等を夫々オフイスの...
彼女等の夫々の父親からの依頼で二人の娘をそちらへおくることになつたから、彼女等を夫々オフイスの一員に加へて貰ひたい、詳しいことは当人達からきいての上で、山の見学を望んでゐる二人の幼い学生達に能ふだけの満足を与へて欲しい――。
玄奘三蔵法師が或日、孫悟空に向つて、「汝の勇と智は天上天下に許されてゐる、天の魔も地の鬼も、汝...
玄奘三蔵法師が或日、孫悟空に向つて、「汝の勇と智は天上天下に許されてゐる、天の魔も地の鬼も、汝の黒一毛にも及ばない。
彼は、飲酒があまり体質に適してゐないためか、毎朝うがひをする時に、腹の中から多量の酒臭い不快な...
彼は、飲酒があまり体質に適してゐないためか、毎朝うがひをする時に、腹の中から多量の酒臭い不快な水を吐き出した。
天井の隅に、小さい四角な陽がひとつ、炎ゆるやうにキラキラと光つてゐた。
天井の隅に、小さい四角な陽がひとつ、炎ゆるやうにキラキラと光つてゐた。
頭の惡いときには、むしろ極めて難解な文字ばかりが羅列された古典的な哲學書の上に眼を曝すに如くは...
頭の惡いときには、むしろ極めて難解な文字ばかりが羅列された古典的な哲學書の上に眼を曝すに如くはない――隱岐はいつも左う胸一杯に力んで、決して自分の部屋から外へ現れなかつた。
更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却...
更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。
夜、眠れないと云つても樽野のは、それだけ昼間熟睡するからなので、神経衰弱といふわけではなかつた。
夜、眠れないと云つても樽野のは、それだけ昼間熟睡するからなので、神経衰弱といふわけではなかつた。
白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。
白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。
病弱者、遊蕩児、その他でも行末に戦人としての望みが持てさうもない子息達は凡て離籍して近隣の漁家...
病弱者、遊蕩児、その他でも行末に戦人としての望みが持てさうもない子息達は凡て離籍して近隣の漁家や農家へ養子とするのが、昔その城下町の風習だつた。
槌で打たなければ、切り崩せない堅さの土塊であつた。
槌で打たなければ、切り崩せない堅さの土塊であつた。
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