書き出し
さあ、これから宿へ帰つて「東京見物記」といふ記事を書くのだ――おいおい、タキシイを呼び止めて呉れ、何方側だ?何方側だ?俺には見当がつかぬ――などゝ僕は同伴の妻に云ひ寄るのであつたが、妻君は、前の晩に友達と別れてから、夫と手を携へて怖る/\訪れた赤坂辺のダンスホールを訪れたところが、そこで、案外にも平気で踊ることが出来たので、自信を得てしまつて、やつぱり村の野天やアバラ屋で古風な蓄音機に合せて村の友達連と踊るよりは此方の方が遥かに好もしい。
初出
1930年
(「婦人サロン 第二巻第五号(五月号)」文藝春秋社、1930(昭和5)年5月1日)
底本
「牧野信一全集第三巻」筑摩書房, 2002(平成14)年5月20日