書き出し
(上)井戸は車にて綱の長さ十二尋、勝手は北向きにて師走の空のから風ひゆう/\と吹ぬきの寒さ、おゝ堪えがたと竈(かまど)の前に火なぶりの一分は一時にのびて、割木ほどの事も大臺にして叱(しか)りとばさるる婢女の身つらや、はじめ受宿の老媼さまが言葉には御子樣がたは男女六人、なれども常住家内にお出あそばすは御總領と末お二人、少し御新造は機嫌かいなれど、目色顏色を呑(の)みこんで仕舞へば大した事もなく、結句おだてに乘(の)る質なれば、御前の出樣一つで半襟半がけ前垂の紐(ひも)にも事は欠く...
初出
1894年
(「文學界 二十四號」文學界社雑誌社、1894(明治27)年12月30日)
底本
「太陽 第二卷三號」博文館, 1896(明治29)年2月5日