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60分以内で読める岸田国士の中編作品

青空文庫で公開されている岸田国士の作品の中で、おおよその読了目安時間が「60分以内」の中編55作品を、おすすめ人気順に表示しています。

(12,001〜24,000文字の作品を対象としています。読了時間は「400字/分」の読書スピードで計算した場合の目安です)
1〜50件 / 全55件
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[#ページの左右中央]人物眼鏡をかけた男繃帯をした男[#改ページ]鉄道線路の土手――その下が、材木の置場らしい僅かの空地、黒く湿つた土の、ところどころに、踏み躙られた雑草。
第一場静かな海を見下ろす小高い砂丘の上日没前後男と女とが、向うむきに、脚を投げ出して坐つてゐる。
人物加来典重冬菜四紋ネラ子雅重冬菜の母早見博士煙(主治医)細木助教授大里教授浦(玉石堂主人)津丸(雑誌記者)看護婦[#改ページ]ある大学の哲学教授、加来典重は、カントの研究家としてその名を知られ、近年は、ハイデッゲルなどの名をもその講義の間にしばしばはさみはするが、学生の一人がサルトルについて質問を行つたところ、それは自分の専...
あらゆる芸術の部門を通じて演劇の理論といふものは、特にこれを実際に「試み」る機会が少く、従つて、その理論に確乎たる根柢を築くのに容易でない事情にある。
[#ページの左右中央]大庭悠吉三十同空子二十三女中かな二十児玉的外五十六同初男十新聞配達二十[#改ページ]五月末の日曜日昼近く東京郊外のどんづまり大庭悠吉の住居――新しい文化住宅舞台正面は座敷の縁、二階から突き出た露台。
時一九二〇年の晩秋処墺伊の国境に近きチロル・アルプスの小邑コルチナ。
二十年ぶりでヨーロッパから帰つて来た旧友のFは、相も変らず話好きで、訪ねて来るたびに、なにかしら突拍子もない話題をひつさげて来る。
河津文六妻おせい倅廉太娘おちか梶本京作お園其他亡者、鬼など大勢時――大正×××年一月三十二日処――大都会の場末[#改ページ]第一場舞台は麺麭屋の店に続いた茶の間であるが、正面は障子の心もちにて全体に白幕。
中流家庭の茶の間――奥の障子を隔てて台所――衣桁には、奥さんの不断着が、だらしなく掛かり、鏡台の上には、化粧品の瓶が、蓋を開けたまま乱雑に並んでゐる。
人物遠藤又蔵妻なほ娘きぬ学生床屋の主人若い男老紳士隣の細君職人場所東京の場末時冬のはじめ[#改ページ]煙草店の主人遠藤又蔵は、夕刊を読みながら、傍の娘きぬに話しかけてゐる。
一八九〇年十二月二十二日、仏国上院に於ける予算質問中、議員アルガン君は、政府が民間の一小劇場に対して、年額五百法の補助を与へ、同劇場を推奨する意図を表示したことを攻撃した。
ある新劇団の稽古場。
人物文六五十五歳おせい―その妻四十五歳廉太―その悴二十三歳おちか―その娘十七歳常吉―丁稚十六歳京作―止宿人四十二歳万籟―新聞記者三十八歳時大正×十×年の冬処首都の場末[#改ページ]第一場麺麭屋の店に続きたる茶の間。
私は国語問題について別段専門的な研究をしてゐる者でなく、従つてこの問題について適切な意見を述べる資格はないのであります。
洪次郎紅子基一郎東京市内のある裏通りで、玄関の二畳から奥の六畳へ是非とも茶の間を通つて行かねばならぬ不便な間取りの家。
人物周蔵周兼子美代医師宮下東京の裏町――周蔵一家の住居座敷に通ずる茶の間[#改ページ]座敷は周蔵の病室になつてゐる。
[#ページの左右中央]酒井欽蔵(四十八)妻いく(四十五)娘加代(二十四)息子鉄蔵(十八)娘美代(十六)店員庄市(三十)其他[#改ページ]解説東京山の手の裏通りに、さゝやかな店を構へてゐる時計商、酒井欽蔵の一家、物語の中心はこの一家であります。
郊外にある例の小住宅向き二軒長屋。
かういふ場所で私事を語ることは、由来、私の最も好まぬところである。
都市は元来、その規模の大小にかゝはらず、政治、経済の中央集権的な機構が作りだした、高度技術生活の凝結体である。
増田健次は復員すると間もなく警察官を志願し、今ではもう制服も身についた一人前の駐在さんになつていた。
ヨーロッパ通ひの船が印度洋をすぎて、例の紅海にさしかかると、そこではもう、太古以来の沙漠の風が吹き、日が沈む頃には、駱駝の背越しに、モーヴ色の空がはてしなくつづくのが見える。
夫妻宿の女中甲宿の女中乙風呂番番頭[#改ページ]真夏――雨の日ある海岸の旅館――海を見晴らせる部屋夫(腹這ひになり、泳ぎの真似をしてゐる)妻(絵葉書を出す先を考へてゐる)女中(はひつて来る)夫(泳ぎの真似をやめて、新聞を読んでゐる風をする)女中ほんたうに毎日お天気がわるくつて、御退屈でございませう。
吾妻養狐場には、もう狐は牡牝二頭しか残つてゐない。
宇治少佐鈴子夫人馬丁友吉妻お種従卒太田女中よし明治三十七年の夏東京[#改ページ]第一場宇治少佐の居間。
人物宍戸第三毛谷啓同京子目羅冥同宮子甲斐加代子婦人[#改ページ]第一場東京近郊の住宅地――かの三間か四間ぐらゐの、棟の低い瓦家――「貸家」と肉太に書いた紙札が、形ばかりの門柱を隔てて、玄関の戸に麗々しく貼つてある。
「もつと早く読んでいゝよ」机の上におつかぶさるやうな姿勢で、夫は点字機を叩いてゐた。
これから毎月一回あなたに手紙を書こうと思いたちました。
国民の一人一人が今日ほど政治といふものに関心をもつてゐる時代は未だ嘗てないだらうと思ふ。
人物夫渋谷八十妻詩人鳥羽妻の母君い女かも子夫の友人茶木八百や[#改ページ]第一場舞台は、すべて戸締りをした家の内部。
父は旅行、母は買物、兄は散歩といふわけで、珍しく民子一人が、縁側で日向ぼつこをしてゐるところへ、取次も乞はず、義一がのつそり庭伝ひにはひつて来た。
底野(又はカマボコ)飛田(又はトンビ)こよ以前の下宿の娘口髭を生やした行商人癈兵と称する押売鶯を飼ふ老人宇部家の小間使[#改ページ]底野、飛田の両人が共同で借りてゐる郊外の小住宅。
舞台は黒幕の前、左手と右手にそれぞれ室内を暗示する簡単な装置。
有田浩三妻倉子書生水垣小間使銀下働滝水垣の友竹中[#改ページ]有田浩三の書斎。
人物生田是則四十九妻数子四十六息子是守二十五小間使てる二十七月の半ば過ぎである。
二つの角度「演劇と政治」といふ題目を与へられたが、私は「演劇」について語り得るほど「政治」について語ることはできない。
九月三日(土曜日)午前九時三十分開講今から「日本演劇の特質」といふ題でお話をしようと思ひます。
聊か抽象的になる恐れはあるが、無趣味な数字的表記を避けて、略年代順に各作家の寸評を試みることにする。
人物宇治少佐従卒太田馬丁友吉少佐夫人鈴子友吉妻数代女中よし時明治三十七年の夏所東京[#改ページ]第一幕宇治少佐の居間――夕刻従卒太田(騎兵一等卒)が軍用鞄の整理をしてゐる。
男女菅沼るい京野精土屋園子ある海浜の寂れたホテル四月のはじめ。
可児君可児夫人女中織部木暮妙鳥居冬駒井毛利泊斎田[#改ページ]一月十二日午後――極めて平凡な客間兼書斎可児君今日こそゆつくり寝てゝもよかつたんだ。
[#ページの左右中央]人物保根もえ子野見丸地くみ美奈子[#改ページ]第一場保根の家――八畳の座敷――机が二つ部屋の両隅に並んでゐる。
人物朋子譲恒子家政婦時六月の午後所洋風の客間を兼ねた書斎[#改ページ]朋子が割烹着を脱ぎながら、慌ただしくはひつて来る。
人物押川進三十妻なる子二十四持山六郎三十二妻なぞえ二十五陽々軒女将三十五摺沢六十紙屋二十五印刷屋十八製本屋四十五彦十六場所東京の裏街の二階家。
青春は夢多き時代です。
今更回顧談でもないが、今度「現代演劇論」といふ本を出したあとで、僕は、なんだかこれで一と役すましたといふ気がふとしたことは事実である。
時昭和十四年初夏より同年の晩秋にかけて処関東地方の小さな町人志岐行二十五ふく二十行一の妹きぬ四十五行一の母大坪参弐二十四大五六十参弐の父飯田虎松四十二町長代理角崎九蔵三十八在郷軍人分会長北野守男四十五国民学校々長上島通二十五農事試験場技手結城正敏四十二予備陸軍少佐小菅三郎二十五郵便局員柏原茂二十九青...
「文化」は国土と歴史との所産であります。
榊卯一郎新案炊事手袋製造業同とま子その妻今田末子親戚の女津幡直医師乙竹外雄外交員きぬ女中三木小僧松原延蔵医師[#改ページ]榊卯一郎の住宅兼工場。
熊川忠範の名前は、今や、全村はおろか、県下に知れ渡らうとしてゐる、といつても言ひ過ぎではない。
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