書き出し
鬱陶しく曇つた春雨の空がいつもの如く井戸流しで冷水浴をしてしはらくするうちに禿げてしまつた、朝のうちに椚眞木の受取渡しをして來たらよからうと母が言ふことであつたが少し用があるから行かれぬとたゞ(ママ)をいふ、用といふのは外でもない、ホトトギスに庭園を寫生せよといふ題が出て居るので自分のやうな拙劣な手で寫生も恐ろしい譯ではあるがこれも稽古だやつて見やうと思ひついたので野らや林へ出やうとは思ひもよらぬのである、庭のことゝ言へばつひこの二日の日記にもこんなことがある……宵に春雨が...
底本
「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店, 1977(昭和52)年1月31日