書き出し
私は、よく怪物に勝つことがあるよ、しかし或(あるい)は負けていたのかもしれないがね――数年前、さる家を訪ねて、昼飯の馳走に与って、やがてその家を辞して、ぶらぶら向島の寺島村の堤にかかったのが、四時頃のことだ、秋の頃で戸外は未だ中々明るい、私が昼の膳に出してくれた、塩鰹が非常に好味といったので、その主人が、それなら、まだ残っているこの片身を持って行きたまえというので、それを新聞紙に包んでもらって、片手に提げながらやってくると、堤の上を二三町歩むか歩まぬ内突然、四辺が真暗に暮れてし...
底本
「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房, 2007(平成19)年7月10日