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高村光太郎の全作品

青空文庫で公開されている高村光太郎の全作品37篇を、おすすめ人気順で表示しています。

1〜37件 / 全37件
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人にいやなんですあなたのいつてしまふのが――花よりさきに実のなるやうな種子よりさきに芽の出るやうな夏から春のすぐ来るやうなそんな理窟に合はない不自然をどうかしないでゐて下さい型のやうな旦那さまとまるい字をかくそのあなたとかう考へてさへなぜか私は泣かれます小鳥のやうに臆病で大風のやうにわがままなあなたがお嫁にゆくなんていやなんですあなたのいつてしまふのが――...
妻智恵子が南品川ゼームス坂病院の十五号室で精神分裂症患者として粟粒性肺結核で死んでから旬日で満二年になる。
何が面白くて駝鳥を飼うのだ。
僕は江戸時代からの伝統で総領は親父の職業を継ぐというのは昔から極っていたので、子供の時から何を職業とするかということについて迷ったことはなかった。
私が永年の欧洲留学を終えて帰朝したのは、たしか一九一〇年であった。
○岩手県というところは一般の人が考えている以上にすばらしい地方だということが、来て住んでみるとだんだんよく分ってきました。
精神病者に簡単な手工をすすめるのはいいときいてゐたので、智恵子が病院に入院して、半年もたち、昂奮がやや鎮静した頃、私は智恵子の平常好きだつた千代紙を持つていつた。
書を見てゐるのは無條件にたのしい。
人は案外下らぬところで行き悩むものである。
例の MONTMARTRE の珈琲店で酒をのんで居る。
私は何を措いても彫刻家である。
いつたん此世にあらわれた以上、美は決してほろびない。
私は美術のことに從つてゐる者なので、この世の美について常に心を用ゐざるを得ない。
顔は誰でもごまかせない。
装幀美の極致は比例にあるといふのが私の持論である。
ミケランジェロこそ造型の権化である。
飛行家が飛行機を愛し、機械工が機械を愛撫するように、技術家は何によらず自分の使用する道具を酷愛するようになる。
詩の講座のために詩について書いてくれというかねての依頼でしたが、今詩について一行も書けないような心的状態にあるので書かずに居たところ、編集子の一人が膝づめ談判に来られていささか閉口、なおも固辞したものの、結局その書けないといういわれを書くようにといわれてやむなく筆をとります。
女川から気仙沼へ行く気で午後三時の船に乗る。
私はさきごろミケランジェロの事を調べたり、書いたりして数旬を過ごしたが、まったくその中に没頭していたため、この岩手の山の中にいながらまるで日本に居るような気がせず、朝夕を夢うつつの境に送り、何だか眼の前の見なれた風景さえ不思議な倒錯を起して、小屋つづきの疎林はパリのフォンテンブロオの森かと思われ、坂の上の雪と風とに押しひしがれてそいだような形になっている松の木はあのローマの傘松を聯想させ、見渡すかぎりの清水野のゆるい起伏はローマ郊外のいわゆるカムパーニヤロマーノの展望にさえ見えるのであった。
平凡社の今度の「書道全集」は製版がたいへんいいので見ていてたのしい。
九代目市川団十郎は明治三十六年九月、六十六歳で死んだ。
芸術上でわれわれが常に思考する永遠という観念は何であろう。
私自身のやつてゐるのは開墾などと口幅つたいことは言はれないほどあはれなものである。
私は自分で生きものを飼う事が苦手のため、平常は犬一匹、小鳥一羽も飼っていないが、もともと鳥獣虫魚何にてもあれ、その美しさに心を打たれるので、街を歩いていると我知らず小鳥屋の前に足をとめる。
この頃は書道がひどく流行して来て、世の中に悪筆が横行している。
私は電車に乗ると異状な興奮を感ずる。
私はよく蝉の木彫をつくる。
ほんとうは、三月にはまだ山の春は来ない。
能はいはゆる綜合芸術の一つであるから、あらゆる芸術の分子がその舞台の上で融合し展開せられる。
今度は漫談になるであろう。
わたしは雪が大好きで、雪がふってくるとおもてにとび出し、あたまから雪を白くかぶるのがおもしろくてたまらない。
わが国古来の彫刻といえば殆ど皆仏像である。
山の秋は旧盆のころからはじまる。
民族の持つ美の源泉は実に深く、遠い。
私の父は八十三で亡くなった。
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