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60分以内で読める久生十蘭の中編作品

青空文庫で公開されている久生十蘭の作品の中で、おおよその読了目安時間が「60分以内」の中編52作品を、おすすめ人気順に表示しています。

(12,001〜24,000文字の作品を対象としています。読了時間は「400字/分」の読書スピードで計算した場合の目安です)
1〜50件 / 全52件
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四月七日だというのに雪が降った。
後白河法皇の院政中、京の加茂の川原でめずらしい死罪が行われた。
安部忠良の家は十五銀行の破産でやられ、母堂と二人で、四谷谷町の陽あたりの悪い二間きりのボロ借家に逼塞していた。
享保十八年、九月十三日の朝、四谷塩町のはずれに小さな道場をもって、義世流の剣道を指南している鈴木伝内が、奥の小座敷で茶を飲みながら、築庭の秋草を見ているところへ、伜(せがれ)の主水が入ってきて、さり気ないようすで庭をながめだした。
一九二八年(昭和三)の十二月二十九日、三発のフォッカー機で、西経百五十度の線を南極の極点に向って飛んでいるとき、南緯八十度附近の大氷原の上で、見せかけの花むらのような世にも鮮かな焔色したものがバード大佐の視覚をかすめた。
全十二巻の厖大な艶笑自叙伝「回想録」M※moires を書くことに生涯を費した色情的好事家ジォウァンニ・ヤコポ・カサノヴァと霊媒術をもってルイ十六世の宮廷で華々しい成功をし、「マリイ・アントアネットの首飾事件」に連坐してバスチーユに繋がれ、後、ローマで獄死した天才詐欺師バルサモ・ディオ・カリオストロ伯爵とルイ・シャルル・ド・カストリ侯爵の三人をある小史作者は十八世紀末から十九世紀中頃までの三大変種といっている。
深尾好三はゆたかに陽のさしこむ広縁の籐椅子の中で背を立てた。
これからする話を小説に書いてくれないかね、と玉本寿太郎がいった。
前大戦が終った翌年、まだ冬のままの二月のはじめ、パリの山手のレストランで働いているジャンヌ・ラコストという娘が、この十カ月以来、消息不明になっている姉のマダム・ビュイッソンの所在をたずねていた。
北海道の春は、雪も消えないうちにセカセカとやって来る。
風がまだ冷たいが、もう、すっかり春の気候で、湖水は青い空をうつして、ゆったりとくつろいでいる。
森鴎外の「独逸日記」(明治十七年十月から二十一年五月にいたる)の十九年六月のところに次のような記述がある。
北川千代は栃木刑務所で服役中の受刑者で、公訴の罪名は傷害致死、刑期は六年、二十八年の三月に確定し、小菅の東京拘置所から栃木刑務所に移され、その年の七月に所内で女児を分娩した。
不知森もう秋も深い十月の中旬。
そのころセント・ヘレナという島にはなにか恐しい悪気があって、二年目にはかならず死んでしまうといわれていた。
一九二九年の夏、大西洋に面した西仏蘭西の沿岸にある離れ小島に、二人の東洋人がやって来た。
京都所司代、御式方頭取、阪田出雲の下役に堀金十郎という渡り祐筆がいた。
黒いモロッコ皮の表紙をつけた一冊の手帳が薄命なようすで机の上に載っている。
金の鱗(うろこ)看月も、あと二三日。
藤波友衛坊主畳を敷いた長二十畳で、部屋のまんなかに大きな囲炉裏が切ってある。
府中「……すみませんねえ。
朝風呂阿古十郎ことアコ長。
恍(とぼ)けた手紙「……手紙のおもむき、いかにも承知。
初鰹「船でい」「おお、船だ船だ」「鰹をやれ、鰹をやれ」「運のいい畜生だ」「おうい、和次郎ぬし、船だぞい、おも舵だ」文久二年四月十七日、伊豆国賀茂郡松崎村の鰹船が焼津の沖で初鰹を釣り、船梁もたわむほどになって相模灘を突っ走る。
一、誦(ず)するはこれ極楽浄土の歌。
一、タヌはコン吉に雀の説教。
二の字の傷恒例の鶴御成は、いよいよ明日にせまったので、月番、北町奉行永井播磨守が、城内西の溜(たまり)で南町奉行池田甲斐守と道中警備の打ちあわせをしているところへ、「阿部さまが、至急のお召し」と、お茶坊主が迎えに来た。
花婿二十四日の亀戸天神様のお祭の夜からふりだした雨が、三十一日になっても降りやまない。
一、天機洩(も)らすべからず花合戦の駆引き。
あぶれ駕籠「やけに吹きっつぁらしますね」「うるるる、これはたまらん。
左きき「こりゃ、ご書見のところを……」「ふむ」書見台から顔をあげると、蒼みわたった、鬢(びん)の毛のうすい、鋭い顔をゆっくりとそちらへ向け、「おお、千太か。
山川石亭先生が、蒼(あお)い顔をして入って来た。
一、鼻には鼻、耳には耳――現品取引。
お姫様「なんだ、なんだ、てめえら。
一、ココナットから象が出る馬耳塞の朝景色。
二十六夜待七月二十六日は二十六夜待で、芝高輪、品川、築地の海手、深川洲崎、湯島天神の境内などにはほとんど江戸じゅうの老若が日暮まえから押しだして月の出を待つ。
麻布竜土町の沼間家の広い客間に、その夜、大勢のひとが集まっていた。
角地争い六月十五日の四ツ半(夜の十一時)ごろ、浅草柳橋二丁目の京屋吉兵衛の家から火が出、京屋を全焼して六ツ(十二時)過ぎにようやくおさまった。
馬の尻尾「はて、いい天気だの」紙魚くいだらけの古帳面を、部屋いっぱいにとりちらしたなかで、乾割れた、蠅のくそだらけの床柱に凭れ、ふところから手の先だけを出し、馬鹿長い顎の先をつまみながら、のんびりと空を見あげている。
はやり物谷中、藪下の菊人形。
神隠しもう子刻に近い。
客の名札勝色定紋つきの羽二重の小袖に、茶棒縞の仙台平の袴を折目高につけ、金無垢の縁頭に秋草を毛彫りした見事な脇差を手挾んでいる。
夕立の客「……向島は夕立の名所だというが、こりゃア、悪いときに降りだした」「佐原屋は、さぞ難儀していることだろう。
まだ十時ごろなので、水がきれいで、明るい海底の白い砂に波の動きがはっきり映る。
しばらくね、というかわりに、左手を気取ったようすで頬にあて、微笑しながら、黙って立っている。
普賢菩薩のお白象チャッチャッチキチ、チャッチキチ、ヒイヤラヒイヤラ、テテドンドン……「夏祭だ」「夏祭だ」「天下祭でい」「御用祭だ」「練って来た、練って来た。
賜氷の節「これ、押すな、押すな。
……それは、三十四五の、たいへんおおまかな感じの夫人で、大きな蘭の花の模様のついたタフタを和服に仕立て、黄土色の無地の帯を胸さがりにしめているといったふうなかたです。
朱房銀※(しゅぶさぎんづか)の匕首源内先生は旅姿である。
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