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石川啄木の全作品

青空文庫で公開されている石川啄木の全作品78篇を、おすすめ人気順で表示しています。

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函館なる郁雨宮崎大四郎君同国の友文学士花明金田一京助君この集を両君に捧ぐ。
呼吸すれば、胸の中にて鳴る音あり。
啄木鳥いにしへ聖者が雅典の森に撞(つ)きし、光ぞ絶えせぬみ空の『愛の火』もて鋳にたる巨鐘、無窮のその声をぞ染めなす『緑』よ、げにこそ霊の住家。
冬の長い国のことで、物蔭にはまだ雪が残つて居り、村端の溝に芹(せり)の葉一片青んではゐないが、晴れた空はそことなく霞んで、雪消の路の泥濘の処々乾きかゝつた上を、春めいた風が薄ら温かく吹いてゐた。
数日前本欄(東京朝日新聞の文芸欄)に出た「自己主張の思想としての自然主義」と題する魚住氏の論文は、今日における我々日本の青年の思索的生活の半面――閑却されている半面を比較的明瞭に指摘した点において、注意に値するものであった。
夢の様な幼少の時の追憶、喜びも悲みも罪のない事許り、それからそれと朧気に続いて、今になつては、皆、仄かな哀感の霞を隔てゝ麗かな子供芝居でも見る様に懐かしいのであるが、其中で、十五六年後の今日でも猶、鮮やかに私の目に残つてゐる事が二つある。
其小川靜子は、兄の信吾が歸省するというふので、二人の妹と下男の松藏を伴れて、好摩の停車場まで迎ひに出た。
はてしなき議論の後一九一一・六・一五・TOKYOわれらの且つ読み、且つ議論を闘はすこと、しかしてわれらの眼の輝けること、五十年前の露西亜の青年に劣らず。
『惡少年を誇稱す糜爛せる文明の子』諸君試みに次に抄録する一節を讀んで見たまへ。
六月三十日、S――村尋常高等小學校の職員室では、今しも壁の掛時計が平常の如く極めて活氣のない懶(もの)うげな悲鳴をあげて、――恐らく此時計までが學校教師の單調なる生活に感化されたのであらう、――午後の第三時を報じた。
Bおい、おれは今度また引越しをしたぜ。
夏の街の恐怖焼けつくやうな夏の日の下におびえてぎらつく軌条の心。
この一篇の文書は、幸徳秋水等二十六名の無政府主義者に關する特別裁判の公判進行中、事件の性質及びそれに對する自己の見解を辨明せむがために、明治四十三年十二月十八日、幸徳がその擔當辯護人たる磯部四郎、花井卓藏、今村力三郎の三氏に獄中から寄せたものである。
食ふべき詩詩といふものに就いて、私は随分、長い間迷うて来た。
曠野路に迷つたのだ!と氣のついた時は、此曠野に踏込んでから、もう彼是十哩も歩いてゐた。
食うべき詩詩というものについて、私はずいぶん長い間迷うてきた。
杜陵を北へ僅かに五里のこの里、人は一日の間に往復致し候へど、春の歩みは年々一週が程を要し候。
◎本年四月十四日、北海道小樽で逢つたのが、野口君と予との最後の会合となつた。
明治四十三年(西暦一九一〇)六月二日東京各新聞社、東京地方裁判所檢事局より本件の犯罪に關する一切の事の記事差止命令を受く。
其身動く能はずして其心早く一切の束縛より放たれたる著者の痛苦の聲は是也。
隨分長らく御無沙汰致し候ものかな、御許し下され度候、貴兄には相變らず御清適『白虹』のため御盡力の由奉賀候、さて御申越の課題については小生別に意見と云ふ程のものも無し、有つたところで小生如きの意見は何にもなるまじくと存じ候、但し文藝の事は本來中央も地方も無之てよい筈、そんな事は眼中におかずに、東京の雜誌と拮抗する樣な立派な雜誌が、今の世にせめて一つ位は地方にあつても然るべきと存じ候(明42・7「シキシマ」三ノ五)。
人間の悲哀とは、自己の範圍を知ることである。
この頃の短い小説には、よく、若い人達の自由な集會――文學者とか、新聞雜誌の記者とか、會社員とか、畫家とか、乃至は貧乏華族の息子とか、芝居好の金持の若旦那とか――各自新しい時代の空氣を人先に吸つてゐると思ふ種々の人が、時々日を期して寄つて、勝手な話をする會の事を書いたのがある。
秋風死ぬる夕べの入日の映のひと時、ものみな息をひそめて、さびしさ深く流るる。
『樹木と果實』は赤色の表紙に黒き文字を以て題號を印刷する雜誌にして主に土岐哀果、石川啄木の二人之を編輯す。
復啓、以前は夕方に燈火のつく頃と、夜が段々更けて十二時が過ぎ、一時となり一時半となる頃が此上なき樂しきものに候ひしが、近頃はさる事も無御座候。
親しい人の顔が、時として、凝乎と見てゐる間に見る見る肖ても肖つかぬ顔――顔を組立ててゐる線と線とが離れ/\になつた様な、唯不釣合な醜い形に見えて来る事がある。
自分も作家の一人である場合、他人の作を讀んで滿足の出來ないことが、却つて一種の滿足である事がある。
我が田に水を引くといふことがある。
少年の頃、「孝」といふ言葉よりも、「忠」といふ言葉の方が強く私の胸に響いた。
私はこの集の著者に一度も會つたことが無い。
校友歌澁民尋常小學校生徒のために。
この集を一讀して先づ私の感じたのは、著者土岐哀果氏が蓋し今日無數の歌人中で最も歌人らしくない歌人であらうといふ事であつた。
幸徳等所謂無政府共産主義者の公判開始は近く四五日の後に迫り來れり。
其日も、私は朝から例の氣持に襲はれた。
近頃農村の經營といふ事に關する著書が月に一册か二册は缺かさず出版されてゐる。
本誌の編輯は各月當番一人宛にてやる事に相成り、此號は小生編輯致し候。
人聲の耳にし入らば、このゆふべ、涙あふれむ、――もの言ふなかれ。
『何か面白い事はないか?』『俺は昨夜火星に行って来た』『そうかえ』『真個に行って来たよ』『面白いものでもあったか?』『芝居を見たんだ』『そうか。
獨逸の或小説家がその小説の中に、田園を棄てて相率ゐて煤煙と塵埃とに濁つた都會の空氣の中に紛れ込んで行く人達の運命を批評してゐるさうである。
いつとなく腹が膨れ出した。
ヴオルガ河岸のサラトフといふ處で、汽船アレクサンダア二世號が出帆しようとしてゐた時の事だ。
レオ・トルストイ翁のこの驚嘆すべき論文は、千九百四年(明治三十七年)六月二十七日を以てロンドン・タイムス紙上に發表されたものである。
新らしき声のもはや響かずなった時、人はその中から法則なるものを択び出ず。
最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。
五百二十外は海老色の模造革、パチンと開けば、内には溝状に橄欖色の天鵞絨の貼つてある、葉卷形のサツクの中の檢温器!37 といふ字だけを赤く、三十五度から四十二度までの度をこまかに刻んだ、白々と光る薄い錫の板と、透せば仄かに縁に見える、細い眞空管との入つた、丈四寸にも足らぬ小さな獨逸製の檢温器!私はこの小さな檢温器がいとしくて仕方がない。
(第一信)岩見沢にて一月十九日。
雲間寸觀大木頭◎二十三日の議會は豫報の如く所謂三派連合の氣勢の下に提出せられたる内閣不信任の決議案の討議に入り、小氣味よき活劇を演出したるものの如く候。
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