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夏目漱石の全作品(2ページ目)

青空文庫で公開されている夏目漱石の全作品110篇を、おすすめ人気順で表示しています。

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私が巨万の富を蓄えたとか、立派な家を建てたとか、土地家屋を売買して金を儲(もう)けて居るとか、種々な噂(うわさ)が世間にあるようだが、皆嘘(うそ)だ。
自己の心を捕へんと欲する人々に、人間の心を捕へ得たる此作物を奨む。
大学を辞して朝日新聞に這入ったら逢(あ)う人が皆驚いた顔をして居る。
私の学生時代を回顧して見ると、殆(ほと)んど勉強という勉強はせずに過した方である。
上余が博士に推薦されたという報知が新聞紙上で世間に伝えられたとき、余を知る人のうちの或者は特に書を寄せて余の栄選を祝した。
百里に迷ふ旅心、古りし伽藍に夜を明かす。
色々な意味に於てそれからである。
私はこの地方にいるものではありません、東京の方に平生住っております。
私はこの学校は初めてで――エー来るのは始めてだけれどもご依頼を受けたのは、決して、初めてではありません。
水の底、水の底。
吾に讎あり、艨艟吼ゆる、讎はゆるすな、男兒の意氣。
宗助は先刻から縁側へ坐蒲團(ざぶとん)を持ち出して日當りの好ささうな所へ氣樂(きらく)に胡坐(あぐら)をかいて見たが、やがて手に持つてゐる雜誌を放り出すと共に、ごろりと横になつた。
汽車は流星の疾きに、二百里の春を貫いて、行くわれを七條のプラツトフオームの上に振り落す。
自然主義といふ言葉とヒロイツクと云ふ文字は仙台平の袴と唐桟の前掛の様に懸け離れたものである。
(前略)それだから今日すなわち四月九日の晩をまる潰しにして何か御報知をしようと思う。
「それから」を脱稿したから取あへず前約を履行しやうと思つて「額の男」を讀んだ。
余は子規の描いた画をたった一枚持っている。
文芸が果して男子一生の事業とするに足るか何うかと云うことに答える前に、先ず文芸とは如何なるものであるか、と云うことを明かにしなければならぬ。
其頃東京には中学と云うものが一つしか無かった。
今度は短篇をいくつか書いて見たいと思ひます、その一つ一つには違つた名をつけて行く積ですが予告の必要上全体の題が御入用かとも存じます故それを「心」と致して置きます。
田舎の高等学校を卒業して東京の大学に這入つた三四郎が新しい空気に触れる、さうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触して色々に動いて来る、手間は此(この)空気のうちに是等の人間を放す丈である、あとは人間が勝手に泳いで、自ら波瀾が出来るだらうと思ふ、さうかうしてゐるうちに読者も作者も此(この)空気にかぶれて是等の人間を知る様になる事と信ずる、もしかぶれ甲斐のしない空気で、知り栄のしない人間であつたら御互に不運と諦めるより仕方がない、たゞ尋常である、摩訶不思議は書けない。
俳諧の趣味ですか、西洋には有りませんな。
十一日の夜床に着いてからまもなく電話口へ呼び出されて、ケーベル先生が出発を見合わすようになったという報知を受けた。
自然を寫すのに、どういふ文體が宜いかといふ事は私には何とも言へない。
本月の「趣味」に田山花袋君が小生に関してこんな事を云われた。
一方に斯(こ)んな考えがあった。
一月二十七日の読売新聞で日高未徹君は、余の国民記者に話した、コンラッドの小説は自然に重きをおき過ぎるの結果主客顛倒の傾があると云う所見を非難せられた。
元日を御目出たいものと極めたのは、一体何処の誰か知らないが、世間が夫れに雷同しているうちは新聞社が困る丈である。
ケーベル先生は今日(八月十二日)日本を去るはずになっている。
余は子規の描いた畫(ゑ)をたつた一枚持つてゐる。
私は朝日新聞に出るあなたの描いた漫画に多大な興味を有っている一人であります。
汽車の窓から怪しい空を覗(のぞ)いていると降り出して来た。
昨日は佐久間艇長の遺書を評して名文と云(い)つた。
木村項の発見者木村博士の名は驚くべき速力を以て旬日を出ないうちに日本全国に広がった。
偉大なる過去を背景に持っている国民は勢いのある親分を控えた個人と同じ事で、何かに付けて心丈夫である。
「煤煙」が朝日新聞に出て有名になつてから後間もなくの話であるが、著者は夫を単行本として再び世間に公けにする計画をした。
私はあなたが家事の暇を偸(ぬす)んで『傳説の時代』をとう/\仕舞迄(まで)譯し上げた忍耐と努力に少からず感服して居ります。
○虚子に誘われて珍らしく明治座を見に行った。
如何なるものを描かんと欲するかとの御質問であるが、私は、如何なるものをも書きたいと思う。
近頃は大分方々の雑誌から談話をしろしろと責められて、頭ががらん胴になったから、当分品切れの看板でも懸けたいくらいに思っています。
上先生は約の如く横浜総領事を通じてケリー・エンド・ウォルシから自著の『日本歴史』を余に送るべく取り計われたと見えて、約七百頁の重い書物がその後日ならずして余の手に落ちた。
木の葉の間から高い窓が見えて、その窓の隅からケーベル先生の頭が見えた。
根津の大観音に近く、金田夫人の家や二弦琴の師匠や車宿や、ないし落雲館中学などと、いずれも『吾輩は描である』の編中でなじみ越しの家々の間に、名札もろくにはってない古べいの苦沙弥先生の居は、去年の暮れおしつまって西片町へ引き越された。
私の処女作――と言えば先ず『猫』だろうが、別に追懐する程のこともないようだ。
私は貴方から送って下さった校正刷五百八十頁(ページ)を今日漸く読み了りました。
上うと/\したと思ふうちに眼が覺(さ)めた。
「土」が「東京朝日」に連載されたのは一昨年の事である。
「土」が「東京朝日」に連載されたのは一昨年の事である。
長谷川君と余は互に名前を知るだけで、その他には何の接触もなかった。
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