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30分以内で読める国枝史郎の短編作品

青空文庫で公開されている国枝史郎の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編34作品を、おすすめ人気順に表示しています。

(4,001〜12,000文字の作品を対象としています。読了時間は「400字/分」の読書スピードで計算した場合の目安です)
1〜34件 / 全34件
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バルビューさんの亡霊が市中へ出るという噂が、誰からともなく云い出された。
二十八歳で博士号を得た、不木小酒井光次氏は、素晴らしい秀才といわざるを得ない。
「あの、もしもし」と女の声。
まだ真夜中にはなっていなかった。
明日は闘牛の初日というのでコルドバの町は賑わっていた。
十六堂会この面では理屈は云わない。
創作探偵小説は本年度に至って活気を呈し、読物文芸的大方の雑誌は競って夫れを載せたようです。
「……勿論あなたの有仰る通り学問の力は偉大です。
一人の年老いた人相見が、三河の国の碧海郡の、八ツ橋のあたりに立っている古風な家を訪れました。
「伊右衛門さん、久しぶりで」こう云ったのは直助であった。
帝国政府は今回ローマの法王庁へ原田健氏を初代公使として派遣することになったが時局がら洵(まこと)に機宜を得た外交手段だと思う。
ご家人の貝塚三十郎が、また芝山内で悪事をした。
将軍家斉の時代であった。
「高きに登って羅馬を俯瞰(みおろ)し、巨火に対して竪琴を弾じ、ホーマアを吟じた愛す可き暴王、ネロを日本へ招来し、思想界へ放火させようではないか。
帷子姿の半身トントントントントントン……トン。
丸橋忠弥召捕りのために、時の町奉行石谷左近将監が与力同心三百人を率いて彼の邸へ向かったのは、慶安四年七月二十二日の丑刻を過ぎた頃であった。
問「大衆文芸と純文芸、どこに相違点があるのでしょう?」答「純文芸は叱る文芸、大衆文芸は叱らない文芸。
夕飯の時刻になったので新井君と自分とは家を出た。
娘を売った血の出る金今年の初雷の鳴った後をザーッと落して来た夕立の雨、袖を濡らして帰って来たのは村井長庵と義弟十兵衛、十兵衛の眼は泣き濡れている。
(これは駄目だ)と正成は思った。
木曽の代官山村蘇門は世に謳(うた)われた学者であったが八十二才の高齢を以て文政二年に世を終った。
17「おやっ!」と叫んだ長谷川の声がひどく間が抜けて大きかったので、山本は危なくコーヒー茶碗をテーブルの上へ落とそうとした。
天草騒動の張本人天草四郎時貞は幼名を小四郎と云いました。
文化年中のことであった。
「宿をお求めではござらぬかな、もし宿をお求めなら、よい宿をお世話いたしましょう」こう云って声をかけたのは、六十歳ぐらいの老人で、眼の鋭い唇の薄い、頬のこけた顔を持っていた。
「それ喧嘩だ」「浪人組同志だ」「あぶないあぶない、逃げろ逃げろ」ワーッ[#「ワーッ」は底本では「ワーツ」]と群衆なだれを打ち、一時に左右へ開いたが、遠巻きにして眺めている。
サラサラサラと茶筌の音、トロリと泡立った緑の茶、茶碗も素晴らしい逸品である。
「いや彼は隴西の産だ」「いや彼は蜀(しょく)の産だ」「とんでもないことで、巴西の産だよ」「冗談を云うな山東の産を」「李広[#「李広」は底本では「季広」]の後裔だということだね」「涼武昭王※(りょうぶしょうおうこう)の末だよ」――青蓮居士謫仙人、李太白の素性なるものは、はっきり解っていないらしい。
(水戸の武士早川弥五郎が、清国上海へ漂流し、十数年間上海に居り、故郷の友人吉田惣蔵へ、数回長い消息をした。
初対面「あの、お客様でございますよ」女房のお菊が知らせて来た。
「元禄の政は延喜に勝れり」と、北村季吟は書いているが、いかにも表面から見る時は、文物典章燦然と輝き、まさに文化の極地ではあったが、しかし一度裏へはいって見ると、案外諸所に暗黒面があって、蛆(うじ)の湧いているようなところがある。
乃信姫に見とれた鼠小僧「曲者!」という女性の声。
初夏の夜は静かに明け放れた。
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